「星を継ぐもの」 ジェイムズ・P・ホーガン 創元SF文庫 ― 2010/09/26 18:01
月面で宇宙飛行士の死体が発見された。記録上、どこの国のどの基地にも所属しないその遺体は調査の結果、5万年前のものであることが判明した。有史以前の人類の遺体が月面に存在する矛盾に地球の科学者集団が挑むなか、驚愕の事実が次々と明らかになる。
もう、古典と言ってもいいハードSFですね。着想がやっぱりすごいです。そこにすべてがかかっているというか、そこだけで十分価値がある作品のような気がします。
ただ、なんとなく文明とか社会とかの捉え方がいまひとつ浅くないか、という気がします。こういうスケールの作品をものしているので仕方ない部分かもしれませんが、紛争が消滅し科学技術がどんどん発展している未来とかいわれるとちょっと白けちゃいますね。しかもやっぱり欧米中心な世界観だし。このあたりがあちらのSFの限界なんでしょうか。
ただ、話のスケールや着想の面白さ、結論へ至るまでの科学者間の議論など非常に興味深い作品です。およそSFを語ろうというなら絶対読まなければならない作品だろうなと思います。
「パーフェクト・プラン」 柳原慧 宝島社文庫 ― 2010/04/04 01:18
「身代金ゼロ、せしめる金は五億円。」歌舞伎町の吹き溜まりで生きる男4人と女1人が誘拐事件を引き起こす。ターゲットは女良江が代理母として生んだ子供俊成。株屋とハッカーと警察を巻き込んで、事件は計画外のところへ流れ込んでいく。
第2回(2003年)「このミス」大賞受賞作です。速くてテンポのいい展開、読みやすい文体から、どんどん先を読んで行けてしまう作品ですね。私はあまり読むのが速いほうではないですが、この作品は格別早く読み終わった印象です。
テーマがなんだか見えにくい作品で、親子の絆がテーマなんだろうと思うのですが、IT系の技術的な描写が多すぎてなんだかその辺がぼやけているように感じました。私自身がそういう話題に反応しすぎなのかもしれませんが。EmacsでMewを実行しとか、もう引っかかりまくりですね。マニアぶりを描写したいんでしょうけど、そこまでする必要はないかと。
そういう描写は執拗なんですが、プロットは若干お粗末な感じがします。例えば、主人公たちは誘拐して株で儲けようという計画を立てるんですが、別に誘拐はいらんのじゃないか、という気もします。結末もどうなんでしょうね。これがまたテーマをぼかしてしまう要因かもしれません。
「向日葵の咲かない夏」 道尾秀介 新潮文庫 ― 2009/04/25 22:15
あすから夏休みというその日、僕は自殺したS君を発見した。急いで学校へ戻り先生にそのことを伝え警察が現場へ向かったがS君の死体は消えていた。僕は困惑しながらも妹のミカ、近所に住むトコお婆さん、そして当の本人のS君と真相を調べ始める。
「2009年版このミステリーがすごい!」作家別投票第一位だそうです。まだ若いようですが、すごいですね。で、作品ですが、最初読み進むにつれ、あまり好きになれないタイプの話だなぁ、という印象を持ちました。どこまで読んでもモヤモヤが残ってました。
例の如く、いろいろなところで引っ掛かりまくっていたのですが、最終盤まで読んでその理由が理解できました。それでもなんかすっきりしなくて気持ちが悪かったのですが、きちんと考えながら再読したらこの作品、ちゃんとしてるんです。読み手としての私の姿勢か、単純な趣味の問題です。
エキサイティングで楽しくて、というところはないですが、確かにすごい作品だと思いました。たぶん、好き嫌いは別れると思います。あまり私の好きなタイプではないですが、ちゃんとした作品であることは認めざるを得ない、そんな感じでした。ところで、ミチオ君は道尾君なんでしょうか?
「富士山頂」 新田次郎 文春文庫 ― 2008/12/21 00:34
富士山頂に気象レーダーを建設する責任者、気象庁測器課長葛木は予算獲得、入札に向けた発注業者選定に奔走する。ギリギリの調整の末レーダー建設は着工にこぎつけるが、富士山頂という条件の下幾多の困難が待ち受けていた。
ひょんな事情で手にした本です。これまでの新田次郎の作品からすると、今ひとつキレにかけるなぁという印象でした。ドラマチックに書きたいような、でも客観的に突き放したいようななんだかもやもやした感じを受けました。
新田次郎自身が気象庁測器課長時代に富士山レーダー建設に携わった時の経験がベースになっているようです。1社発注とする、という方針に対してぶれずに取り組む姿勢は評価できるのですが、やっぱりこれはコンプライアンス違反だよなぁ、という感じですね。そもそも発注方式自体は手段であって、そこに固執する必要がどれだけあったのか、そこが気になるところです。それよりはレーダーそのもののスペックに対するこだわりをもっと書いて欲しかった気がします。
そうして苦労した富士山レーダーも今は解体されてしまったようです。衛星による観測が主流になったからだと思われますが、時代の移り変わりを感じます。もちろんそうなるまで数多くの台風を捕らえ、何度も自然災害の被害を軽減するのに貢献したことは事実だと思います。関係者の皆さんの努力には感謝したいと思います。
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