「皇帝ナポレオン」 藤本ひとみ 角川文庫2007/06/23 00:39

1825年3月、エルバ島に幽閉されていたナポレオンは皇帝の座を奪還すべく、島を脱出、各地の軍を飲み込みながらパリを目指す。ナポレオンにおもねり、御用新聞となることを目指すオハラ氏は記者モンデールに提灯記事の執筆を命ずる。命ぜられるまま、かつてのナポレオンの妻ジョゼフィーヌの親友マダム・タリアンからインタビューを始めるも、モンデールはその隠微なたくらみに巻き込まれていく。

皇帝ナポレオンの真の姿を描き出そうという作者の意欲が満ち満ちている作品だと思いました。かなりしっかりした調査を踏まえて書かれていて、内容は凄く濃かったです。終始興味深く読めました。おかげで読みきるのに非常に時間がかかりましたが。

上巻はめくるめくエロスの世界で、ちょっと辟易する部分もあります。このまま最後まで行ったらどうしよう、とか心配しましたが、大丈夫。下巻はかなり違った趣になります。上巻が赤なら下巻は黒、という感じでしょうか。と、今、表紙を見てみると、ちゃんとそうなってました。なるほど。

下巻のロシア戦役の部分が圧巻でした。始まりの段階で無理があったロシア遠征、その犠牲になっていく兵士達の描写は凄惨の極みです。おそらく戦争というのはこういうものなのでしょう。最近はいわゆる低烈度紛争が多いので単純に比較は出来ないですが、兵卒なんて指揮官から見れば頭数でしかない、ということを実感しました。

印象に残った台詞ですが、ワーテルローの戦いにおいて、参謀長スルトのあまりにも低い伝達能力を指して、ナポレオンがモンデールにこういいます。
「任せられるだけの器がいなかったんだ。他人には、いつも失望させられてきた。完璧にしようと思えば、何もかも自分でやるしかなかった。」
手っ取り早く成功するにはこうなんでしょう。ですが、周りの力をうまく引き出す工夫をしないとやがて組織も自分も疲弊して共倒れになってしまうのだと思います。このあたり、項羽と劉邦の話にも通じるところがあるような気がしています。出来すぎちゃって一人でやっちゃう人ってかわいそうでもあり、罪でもある、ということなのでしょうか。