「そして粛清の扉を」 黒武洋 新潮文庫 ― 2008/06/01 00:07
生徒からも同僚からも軽視され続けてきた中年女教師近藤は、卒業式前日に唐突に自らの生徒達に言う。「あなた達は、人質なんです。」荒れ果てた高校のそのまた札付きのワルの巣窟だったそのクラスの生徒達は、近藤を嘲笑し恫喝するが、次の瞬間から粛清の火蓋が切られる。トロくて地味だった女教師はなぜ殺人鬼へ変貌したのか。そしてその目的は何か。
第一回(2000年)ホラーサスペンス大賞受賞作です。とはいえ、この賞は6回くらいしかなかったみたいですね。とにかくいっぱい人が死にます。しかも学校で。その後の世相のことを考えるとなんとも言えない感じがします。
この近藤のクラスの生徒達は単なる落ちこぼれ、というわけではなく、数々の犯罪行為に手を染めています。それこそ同情の余地もないくらいに。こういう設定で近藤は「緊急措置」の名の下次々と生徒を殺していきます。どうしようもない悪ガキ達を社会正義の名目で排除していく酷薄さは「ごくせん」の山口の対角にありますね。あのドラマの裏でやったら面白そうです。
この作品の「ホラーサスペンス」的な要素は何かと考えた場合、悪党である生徒達が次々に殺される描写に読者が爽快感を得るのだとすれば私はそれが一番怖いです。自分の中にもそういう感情を見つけてしまうことに震撼します。近藤の行為はテロです。イスラム原理主義者がやっていることと本質的な違いはありません。作者がそれを支持しているとは思いませんが、そこへの気付きを促す描写が作中にどれくらいあったでしょうか。終盤での黒幕の独白でしょうか。これはちょっと違いますね。
時代劇でばっさばっさと悪党が斬られる様子に爽快感を得ることと、この作品でそうなることの違いは何か、なんて考えさせられることの多い問題作だと思います。ですが、そういうことを正面から見つめていないとメディアに操られてとんでもない選択をするのではないかと感じました。
「果てしなき渇き」 深町秋生 宝島社文庫 ― 2008/06/11 23:30
元刑事の警備員藤島は非常呼び出し先のコンビニで凄惨な殺人現場に遭遇する。元の同僚に事情聴取を受ける中、別れた妻から突如姿を消した娘加奈子の捜索を懇願される。加奈子の残したドラッグと暴力に翻弄される中、藤島は娘を見つけ出すことができるのか。
第3回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作です。作者ですが、若いですね。1975年生まれだそうで。昭和で言えば50年です。恐るべし。
ですが、正直言ってこの作品は好きになれないですね。単に好みの問題だと思いますが、読んでてちょっと気分が悪い。タブーを踏もう踏もうとして書いているように見えるのは私だけでしょうか。
それでも何かそれにふさわしい主題があって、そういう必然性が感じられるならともかく、センセーショナルな感じが遥かに強くてなにを読ませたいのかよくわからなかったです。場末の食堂で「挑戦!激辛ラーメン」とかやってるのを見るような感じでした。残念ですが、この作品、私の中ではゲテモノです。
「深海のYrr(イール)」 フランク・シェッツィング 早川書房 ― 2008/06/28 21:33
海洋生物学者ヨハンソンは友人で石油会社に勤めるルンから北海海底で発見された正体不明のゴカイの鑑定を依頼される。一方、海棲哺乳類研究家のアナワクはカナダ沿岸でクジラとオルカの襲撃を受ける。ほどなく世界規模で海難事故が相次ぎ、恐るべき事実が明らかになる。
SFですね。非常に面白かったです。ボリュームは相当ですが、それを感じさせない内容でした。当初、押し付けがましい環境運動啓蒙小説か?とも思いましたが、そんなことはありませんでした。
惜しむらくは後半の展開の時間軸がちょっと短い。世界的な科学者を集めたといっても、あの期間でそこまで成果は出ないだろう、と思います。冒頭でのゴカイの分析にはあんなに時間がかかったのに…
あと、ほぼ西欧で話が済んじゃってるのが残念。
とはいえ、SF的な設定におぼれることなくきちんと小説している上にエンタテインメントとしても楽しめます。広げた風呂敷も大きいですが、それほど無理なく終盤でたたんでいくことに成功しているので興ざめせずに最後まで読むことが出来ました。
作中でしきりに映画「コンタクト」が引用されます。私は映画は見たことないんですが、カール・セーガンの原作(もちろん日本語訳)を20年ほど前に読みました。あの話は異星人とのコミュニケーションという遠大なテーマの中に、主人公である女性研究者自身の内面とルーツの発見という2つのコンタクトが描かれていました。最後にミッシングリンクが閉じる結末は非常に見事でした。
本作は「コンタクト」を凄く意識して書いているように感じました。特にアナワクがコンタクトの主人公の役回りなのかもしれません。ただ、結末の印象はかなり違います。「コンタクト」が閉じる話だとすると、これは開く話ですね。作中からメッセージを伝える、というよりは深く考えさせられるという感じがしました。
2008.7.2追記:あとから考えてみると、あの潜水艇のスペックはちょっと異常ですね。水深3000メートル以上でいくらなんでもそれは不可能なのでは…
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