「仕掛人・藤枝梅安 殺しの四人」 池波正太郎 講談社文庫2007/03/07 23:37

表の顔は腕のいい鍼医者、その実は金ずくで人殺しを請け負う凄腕の仕掛人、藤枝梅安。ある日、料理屋の女房 おみの の殺しを請け負う。しかし、その料理屋の前の女房おしずは、やはりかつて梅安の手で殺された女だった。

巨匠、ですね。鬼平も拝読してますが、やはり舞台づくりがうまい。文章もうまい。独特の空気感を楽しみながらさらっと読むのが良いように思います。なんというか、講談というか、大衆文学と言うか分かりやすく作ってありますが、文章は実に巧妙な気がします。

あと、既に言い尽くされてますが、料理の使い方がうまいですね。恐れ入ります。藤沢周平にしてもそうですが、時代小説はフレームワーク作りが大事なのかなぁ、ととりとめもなく思いました。

「ガリア戦記」 カエサル 近山金次訳 岩波文庫2007/03/11 11:50

「ブルータスよ、おまえもか」のジュリアス・シーザー(ユリウス・カエサル)の8年に及ぶガリア遠征記です。書かれたのは紀元前50年ごろですから、2000年以上も昔になります。塩野七生の「ローマ人の物語」に触発されて読んでみました。

さすがにラテン語では読めないので、岩波の訳本を読んでみたんですが、難解ですね。原文がかなり尊重されていて、かなり訳注などもふんだんに入っていますが、ちょっと読みにくいですね。また、初版が1942年ということで、戦前、戦中の訳、ということも難しさの原因かもしれません。

舞台は現在のフランスを中心とした地域ですが、当時はローマから見ればいわゆる蛮族で、多数の部族が群雄割拠していた状況のようです。まず、この部族名が山のように出てくるんですが、ちょっとついていけない。あと、地域の名前が現在とは異なっており、訳注でxxxのあたり、と書いてはあるものの、今度はヨーロッパの地図が頭に入ってないので良く分からん、という感じでした。細かいところは行軍の状態や攻城の際の陣地の配置など図解があり、きちんと勉強すれば分かりやすいのだと思います。

というわけで、私のようないい加減な読者には難しいと思うのですが、それでも時代の空気を感じることは出来ますし、敵であるガリア人の側の事情まで深く調査して書かれている点はすごいなと感じました。部族の相関表を作って、Google Earth あたりを回しながら読むと面白さも格別かもしれません。いずれ挑戦してみたいと思います。

「行きずりの街」 志水 辰夫 新潮文庫2007/03/17 00:24

12年前、女子生徒との恋愛、結婚を糾弾されて教職を失い、その妻すら失った波多野。今、失踪した塾の教え子を捜すためにふたたび東京へ降り立った。教え子の周辺に立ち回るかつて自分を糾弾した男達、そして元の妻。深い悔恨を抱えながら波多野の探索は続く。

1991年度のこのミス1位だそうです。16年前というと、バブル真っ盛り、といったところでしょうか。東京が舞台ですが、当時の六本木はボデコンのおねーさんが闊歩する街、という印象がありますね。私自身は当時地方で細々と暮らしていたので単なるイメージに過ぎませんが。

人捜しハードボイルド物というジャンルがあるかどうか分かりませんが、そういう分類ですね。この手の話はすぐ出生の秘密がどうとか、蓋然性の低い事象をいくつも重ねた話になりがちですが、これはそういうのは感じなかったですね。もちろん、偶然の要素はあるのですが、許容範囲だと思いました。一方で、突拍子もないどんでん返しやわけの分からない陰謀、裏切りがないかわり、意外性や驚きもそんなにない感じですね。

文体はページにぎっしり文字が詰まるタイプで、私好みです。ただ、段落、台詞がちょっと長めな反面、その中で短い文が多用されていて、私の読むリズムにはちょっと合わない感じでした。それなりに面白いんですが、元妻との交情の部分以外は、描写が淡々としていてちょっと味わいに欠けるかなぁ、という気がしました。

個人的に一番いただけないのはタイトルでしょうか。行きずりの関係ってほとんど出てきてない上に、この話のテーマともあってないように思います。そもそもこの話、テーマがちょっと希薄な気がしますが、なんにせよ私ならタイトルは「エデンの果実」くらいにしますかねぇ。うーむ。それもベタか。

「墨攻」 酒見賢一 新潮文庫2007/03/29 00:16

古代中国の戦国時代、守禦術で名を馳せた「墨家」と呼ばれる思想集団がいた。その集団から革離と呼ばれる墨者が、今にも攻め落とされんとする辺境の小城へ唯一人派遣された。攻める趙の軍勢は2万、将は歴戦の城抜きの名手。守るべきは素人同然の城兵のみ。革離の守禦術は城を守りきることが出来るのか。

後宮小説で名を馳せた作者の中島敦記念賞受賞作です。漫画化、映画化された作品で、ちょっと興味もあったので手にとって見ました。空想歴史小説、といった趣でしょうか。楽しめました。

ローマ人の物語やガリア戦記、司馬遼太郎の項羽と劉邦なんかを読んでも思いますが、兵を喰わせること、篭城と攻城に関して、日本の戦のやり方とはずいぶん違うなぁと感じます。このあたりはちょっと想像力が必要ですね。

自らを職人と考える革離と、集団の政治的な方針変更に伴って彼を疎んじざるを得なかった墨家の長である田襄の関係が技術者と経営者、中間管理職についてちょっと考えさせられました。器用貧乏ってこういうことか、とも思いますし、とはいえ、器用ってことはそれなりに評価されるべきで敬意をもって迎えるべきだよな、と中間管理職的な立場で考えたりします。

そうした一方で、職人として一人突っ走ってもダメなわけで、周りを見ながら、なおかつ芯のところで自分を見失わないでやっていく、という姿勢が大事なんだろうか、とダメ職人(エンジニア)の端くれとして思います。そう、昨今は職人管理職(プレイングマネジャー)であるべし、がスローガンのようです。無茶言うな。