「照柿」 高村薫 講談社文庫 ― 2006/09/06 23:51
猛暑の中、立件の当てもない殺人犯を追う合田雄一郎、灼熱の熱処理棟で不良品を吐き出す浸炭炉を相手にする野田達夫。幼なじみ二人は、深い穴の目を持つ佐野美保子をはさんで18年ぶりに再会する。やがて男二人は嫉妬という熱病に浮かされながらどこまでも堕ちていく。
未読だったんですが、ようやく文庫で出ました。帰省中の実家の新聞広告で目にして、きっちり買いました。
「マークスの山」、「レディ・ジョーカー」でもおなじみの合田刑事が出てきます。この3作の中ではもっとも主役に近い位置だと思います。事件は他の2作品に比べると地味で、刻々と事件や捜査状況が変化していくような躍動感はありません。ひたすら合田と野田の地道な行動と、嫉妬や猜疑に満ちた心の動きが描かれています。
感想ですが、やはり文章が硬い。渋い。そしてしつこいくらいに精緻ですね。主人公2人の内省がびっちり書き込まれていて、狂い出しそうな、追い詰められていく精神状態が見事に描写されていると思いました。こういう描写を読んでいて、ゴッホの絵を連想しました。ミクロに見ると、描くというよりは絵の具をキャンバスに執拗に少しづつ盛ったようなタッチになっていて、引いて全体を見渡すと狂気すら感じる鮮烈な絵になっている、そんな感じです。
「マークスの山」は単行本と文庫版、両方を読んでいるんですが、文庫版を読んだ時はかなりびっくりしました。直木賞を受賞した単行本の内容から、センチメンタルであったり、必要以上にドラマチックな部分がごっそり剥ぎ取られていました。この作品も解説を読む限り、そういう改稿が行われているようです。マラソン選手が余計な肉を落としてレースに挑むような感じなのでしょうか。たぶんそうすることでミステリとか、サスペンスとかの枠にとらわれない小説としての強さは増しているのだろうと思います。ただ、このあたりは好みの分かれるところかもしれません。私自身は好きです。
それにしても佐野美保子の目の描写、
・・・(前略)・・・何を凝視しているのか分からない、犬のような、大粒の葡萄のような目だと思った。
ですが、凄いですね。これだけで佐野美保子の顔貌が浮かびます。どこからこんな表現が降ってくるんでしょうか。恐るべし。
「非常線」 松浪和夫 講談社文庫 ― 2006/09/19 22:42
麻薬捜査を担当する刑事金谷は目前で同僚鹿島を殺され、同時に犯人に昏倒させられる。同僚殺しの容疑をかけられた金谷は取調室から逃亡し、同僚の仇を討って自らの汚名をそそぐことを心に誓う。金谷は幾多の非常線をかいくぐり、犯人に肉薄することは出来るのか?
行きつけの書店のお勧めコーナーに置いてあったので、手にとってみました。残念ながら私にとっては満足いく作品ではありませんでした。まず、書きたいことがそのまんま書いてある感じです。すごく説明的。なにかのレポートみたいな感じですね。
次に台詞回しが陳腐。警察署から脱走するために酔っ払い弁護士を人質にエレベータに乗るシーンで、弁護士に車のキーを持ってないか尋ねます。弁護士がない、と言うと、
「飲酒運転で逮捕されたら、飯の食い上げになるからだろう」
緊迫した状況でこんなこと言わないと思うんですが。
あと、金谷を追う刑事新山が金谷の無実を信じる理由として、尋問した時の目を見て感じただの、目が澄んでいただのと何度も口にするのがしょぼい感じです。こういう台詞は最後に1回使えば十分だと思うんですが。
他にもいろいろあるんですが、一番ありえないと思ったのは冬の海を服を着たまま800mも泳ぎきる、という部分です。ましてやずぶぬれのまま職質も受けずに非常線を抜ける、というのはちょっと考えられないですね。
文句ばっかりなんですが、ちょっとこの作品は私にとって楽しめるポイントはありませんでした。
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