「生物と無生物のあいだ」 福岡伸一 講談社現代新書2009/11/21 22:07

生物とは何か、生きているとはどういうことかを生物学的に説明している本です。とはいえ、小難しい理屈ばかりが連なっているわけではなく、生物学をめぐる研究の歴史や著者の過去などをゆらゆらとめぐりながらその問いの答えの周りをぐるっと巡って帰ってくるような内容でした。

出発点は、生物とは自己複製をおこなうシステムである、という現代の生物学における定義です。じゃ、ウィルスはどうなの?という問いからゆっくりと生命を探る旅が始まります。性急に答えを知りたがることを諌めるように話はあちらこちらへ飛びます。

ジグソーパズルの例や砂の城の例でわかりやすく生物を説明した後で、著者のノックアウトマウスを使った研究での想定外の結果について紹介します。掴みかかった生物の本質がするりと逃げて行く感覚があり、折り紙の例でそれを説明しています。

ここを読んでいる間、折り紙というよりは音楽じゃないか、と感じましたが、読後しばらくして鴨長明の方丈記の一節を思い出しました。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」
これが実は生命のある側面を描写しているような気がしています。

「シャトゥーン ヒグマの森」 増田俊也 宝島社文庫2009/07/25 23:36

広大な北大の研究林で新年を迎えるべく土佐薫は娘を連れ弟の昭の研究小屋を訪ねる。しかし、そこは冬眠に入り損ねた子連れのヒグマの狩り場となっていた。一人、また一人と人間が生きながらに喰われていく中、薫たちの逃避行が始まる。

いやぁ。怖いですね。ホラー大賞でも受賞できるんじゃないでしょうか。何がいやって生きながらに動物に喰われる恐怖。ちょっと勘弁してほしい感じです。ここまで熊って怖いものなんだということを実感しました。

三毛別事件というのも初めて聞いたんですが壮絶ですね。銃がなかった時代は本当にどうしてたんだろうと思います。野生動物の食物連鎖に放り込まれてしまえば、こんなに簡単にやられてしまう人間がどうしてここまで数を増やせたのか不思議ですね。

終盤に近付くにつれ、本当にここまでやるのかという勢いで熊が超絶な能力を示していきます。薫も負けず劣らずのサバイバル能力を見せます。ちょっとターミネータっぽいですね。そこはともかく、話の終わり方は無理やりまとめた感があってあまり好みではないですね。

他にも、妊娠3か月の奥さんにストレスをかけたくないと願う旦那が、通信手段も何もない酷寒の小屋に連れて行くかねという疑問はあるとしても、動物ホラー物として一読の価値はあるかもしれません。

「沈まぬ太陽」 山崎豊子 新潮文庫2009/06/13 18:49

空の安全、従業員の権利を求めて活動を続けた国民航空労働組合委員長恩地元はやがて会社上層部に疎まれパキスタン、イラン、ケニアへと追いやられる。10年近くにわたる流刑に等しい懲罰人事の後、閑職をあてがわれた恩地のもとに未曾有の航空事故の報が入る。想像を絶する悲惨な事故の遺族係から会社再建へ奔走する恩地は、国民航空上層部と政治家、官僚との癒着、社内の腐敗の壁に阻まれる。

「大地の子」などで有名な巨匠山崎豊子の大作ですね。読みごたえのある作品でした。すごいと思うのは、よくこの小説を連載し続けてしかも出版にこぎつけたものだと思います。そこにはものすごい信念があったのだろうと思います。おそらく関係者に対する恫喝、脅迫なんかは日常茶飯事で、嫌がらせの枠をはみ出るような行為もあったんだろうと思います。

アフリカ編では主人公恩地の受けた理不尽な人事が主題なわけですが、もし自分がこういう懲罰人事を受けたらどうするだろうと繰り返し自答しました。ここまで筋を通した生き方をしてないのでこういう仕打ちを受ける可能性も低いとは思うのですが、多分会社辞めるでしょうね。こんなクソな会社、早々に見切りをつけると思います。

御巣鷹山編はもう悲惨の限りです。心が痛いです。何の落ち度もない人々がまさに八つ裂きにされたわけです。ここが山崎が書き続けるにいたった根源なのかもしれません。

会長室篇での国見は優れた経営者として描かれていますが、私にとってはがっかりでした。矜持や理想をかざして正論で問題に斬りかかるのはよいのですが、あらゆる汚い手を使って来る相手に本当にそれでいいのか。自分一人が負けるのは勝手ですが、その後ろに良識ある社員がいて、空の安全があってという状況ならほんとはなりふり構わず叩かねばならないのではないでしょうか。結局、相手に刃が届かなければ正論など所詮寝言だと思います。正論で勝てる技量がないなら、守るべきものがあるなら、どんな手を使っても相手を斬りつけないとだめなんじゃないかと思います。

一方でなんだかんだで長いものに巻かれて悲しい結末に終わった細井の姿が、一点の妥協の末に堕ち続けていった者の末路を暗示しているようで、人間、どっちかしかないのかという気にもなりました。恩地の意地、筋を通し続ける姿はみていて痛々しい程ですが、あるところから恩地の姿は山崎自身の姿を投影したものになっているんでしょうか。

「ストロベリーナイト」 誉田哲也 光文社文庫2009/04/11 23:46

女性かつノンキャリアとして異例のスピードで警部補となった姫川は溜め池近くで発見された惨殺死体の捜査に当たる。物証に乏しく行き詰る中、姫川のひらめきで第2の死体が発見され、事件はさらに陰惨な色彩を見せる。

帯によると、警察小説というジャンルのようです。うーん。そうかな。ともあれ、刑事も周辺の人物もキャラクターが立っていてなかなか面白いです。こういうちょっと極端なキャラクターが多い所やセリフ回しがちょっと漫画っぽいな、という印象です。

作中で公安出身のライバル勝俣が姫川に対して思います。「…分からねぇ。もっとイジケろって。」 結構暗い過去をもっている割には明るく自信満々の姫川のアンバランスさをさして言っているんですが、この作品全体がそんな感じがしました。事件はものすごく陰惨で残虐。動機や背景を含めると相当に重いんですが、話全体のタッチは軽いですね。

なんというか、無理に刺激を強めて読者の目を引こうとしているような雰囲気があってちょっと好きになれないタイプの作品ですね。そういう刺激に必然性やメッセージがあればともかく、そういうのは感じなかったです。