「剱岳 点の記」 新田次郎 文春文庫2009/10/11 18:27

参謀本部陸地測量部の測量手柴崎芳太郎は上官から国内唯一の未踏峰剱岳の測量を命じられる。それはその時期に産声を上げた民間の山岳会との競争をはらんだものだった。官として無事測量を完遂することと、初登頂への挑戦の板挟みの中、柴崎は立山へ出発する。

明治時代の測量官のお話です。合繊なんかない時代ですから、雨が降れば蓑笠、ロープは荒縄、みたいな登山だったんだろうと思われます。そんな機材に恵まれない中、測量機器、三角点の部材をしょって登山道などろくにない深山に分け入って、日本地図を完成させた先人の苦労を感じさせる本でした。

通信手段も移動手段も今と比べればものすごく限定されている中、計画的に物品を調達し、調査、測量を行っていく様子はすごいと思いました。携帯電話で連絡入れて、Amazonで買って家まで送ってもらう、なんてことはできないわけで、かなり周到に用意をしないとだめだったんでしょうね。

剱岳初登頂を達成せよという命令を言外に匂わすのは軍人です。メンツや誇りをかけて気合で達成といういつものスキームです。で、実は人跡未踏ではなかったということが分かるとさっさと幻滅するのも軍人です。結局、現場を知らない上司というのはこういうものですね。そんな中でいい仕事をするには、そういうことには目もくれず、自分の納得する仕事をする、という気持ちを持つしかないのかもしれません。

「天使と悪魔」 ダン・ブラウン 角川文庫2009/07/05 18:24

大学で象徴学を教える教授ロバート・ラングドンは突然送りつけられたFaxに衝撃を受ける。そこには凄惨な殺人現場と、とうの昔に滅びたと思われる秘密結社の紋様が刻まれていた。その秘密結社は世界最先端の研究機関からある物質を盗み、4人の教皇候補を拉致することでキリスト教会への復讐の火ぶたを切った。ラングドンは殺された科学者の娘ヴィットリアと共に物質のありかと教皇候補の救出に走る。

ラングドンシリーズの第1作です。「ダビンチ・コード」はこの話の後、という設定だったと思います。「ダビンチ・コード」にもそのくだりが出てくるので少し気になっていたのですが、今回映画化ということで読んでみることにしました。

科学と宗教の対立構造の中でそれぞれがそれなりにちゃんとした記述で書かれているのが面白いですね。科学的な記述については、東大の先生の検証サイトがあったりして読後にそちらも読んでみるとまた楽しいと思います。というか、読むのは必須なんじゃないかとすら思いますが。

エンタテイメントとしては「ダビンチ・コード」を上回る面白さかもしれません。息をつかせない展開、派手なアクション共に映画向きですね。あといわゆる旅情サスペンス的な要素もあって興行的、経済効果的には言うことなしです。でも、少なくとも小説としては私は「ダビンチ・コード」の方が好きですね。例えばタランティーノのおっぺけぺー映画ならお約束としてこんなラストも許せるのかもしれませんが、小説としてはちょっと私はどうかと思いますね。ハリウッド的だとは思いますが… そういう意味では「ダビンチ・コード」の方がラストは10倍もよく出来てると思います。

あと蛇足ですが、反物質トラップにはACアダプタつけとけよって何回も思いました。

「チャイルド44」 トム・ロブ・スミス 新潮文庫2009/02/28 17:02

大祖国戦争におけるソ連の英雄、レオは国家保安省の捜査官として反体制分子を逮捕する日々を送っていた。ある日、部下ヒョードルの息子が事故死として処理されるも、ヒョードルとその家族は殺人であると主張する。やがてレオも策謀にはめられ僻地へ流されるが、そこで理想社会の建前と恐怖政治の谷間で恐ろしい犯罪が野に放たれているのを確信する。

このミス海外編1位の作品です。なかなか重厚な作品で読み切るのに時間がかかりました。舞台はスターリン政権下のソ連。時代は日本でいうと昭和28年ですからまだ戦争の傷跡が深く残っている時代ですね。恐怖という装置に支えられた全体主義の恐怖、緊張感がこの作品全体を包む雰囲気です。

おそらく、ミステリー、サスペンスとしてみた場合、後半はちょっと一本調子な展開な気がしますが、上記のような社会的な緊張の要素があるので手に汗握る展開は最後まで楽しめました。最初に地図が付いていて、この物語の広がりを示しているんですが、今の地図だと探すのが大変です。地名が変わっていて、WikipediaとGoogleマップを首っ引きで眺めてだいたい理解したつもりです。

旧ソ連の、それもすごく昔の話ですが、こうした全体主義的な社会は今も世界のあちこちに残っているわけで、日本だってそういう要素が皆無とはいえないような気がします。最近とくにマスコミ至上主義的な全体主義がはびこってないか?という疑いを持ちます。マスコミが取り上げないところには問題がないと思われているのだとすれば、ここで描かれているスターリン政権下のソ連とどれほど違いがあるのだろうと思ったりします。

「茶の精神」 千玄室 講談社学術文庫2008/08/24 18:53

世の中、「サービス」、「おもてなし」とかまびすしいのですが、その本質って日本人なら茶か?と考えて買ってしまいました。が、結論から言うとそこまでたどり着けませんでした。もちろん、この本のせいではなくこちらの問題ですが。そういうのはきちんと茶をやらなきゃ、と言うことでしょうね。

一読するだけではなかなか著者の伝えたいことを理解するのは困難だと思いました。読むにつけ、大学入試の小論文の問題になりそうな文章だなぁと感じました。ちょっと嫌な思い出が横切るところなんか茶のほろ苦感を勝手に感じてました。

序章のための一つの寓話の中で子供のままごとの話が書かれています。すぐに駄々をこね、甘えるような子供でも、ままごとの中では大人顔負けの言葉遣いでその役割になりきる。ままごと用のおもちゃがあればよいが、ないならないで紙切れ、木の葉、石ころ、土塊などで見事にままごとを演じきる。そうした様子と茶道を対比させるわけですが、ここがこの本の最大の面白さではないかと思いました。

勝手に簡単にまとめてはいけないですが乱暴に言うと、茶道とは現実から超脱するための大人のままごとである、ということでしょうか。さすがに乱暴すぎるかなぁ。そこから生まれた形式美や思想を無視しすぎかもしれませんが、今の私だとおおよそそういうことじゃないかと理解するのが精一杯ですね。