「容疑者χの献身」 東野圭吾 文春文庫2008/10/05 23:41

美しき隣人の犯罪の現場に居合わせた数学者石神は自らの思考力によってその母娘を守ることを誓う。事件の担当となった刑事草薙を介して物理学者湯川は同窓である石神と旧交を温めるも、やがて石神に疑惑を向け始める。数学者の仕掛ける悲しい罠を湯川は見抜けるか。

第134回(2006年)直木賞受賞作です。受賞時に押しかけた報道陣に不機嫌な顔で「今頃やっと受賞できた…」的なコメントをしていたのを記憶しています。候補に挙がっては落選、というのが繰り返されたのでしょうか。いろいろ思うところもあったのでしょうが、にっこり笑いながらチラッと毒の入ったコメントなんか入れると知的で良かったのでは、と思います。

じつはガリレオシリーズは読んだことがなく、たまたまドラマでチラッと見ただけです。やや荒唐無稽な科学ミステリといった趣きのために敬遠していたのですが、この話はそこは大丈夫でした。割と正統派のミステリだと思います。そこがくせものですが。

正直、感想は今ひとつなんですが、理由の一つ目はトリックにちょっと飲み込めないところがありました。指紋のところがどうかなと思った点と、あと目撃者が極端に少なすぎると感じられた点です。目撃者はある程度いても成り立ちそうなトリックですが、それならもう少し出しといても良かったのではないかと思います。

理由二つ目は、石神の行動を献身には感じられなかったこと。石神の行動は終盤に近づくにつれ、独りよがりでナイーブに感じられました。どうにもお話が向けようとしているベクトルに乗り切れなかったのもあって評価としては「イイ話」ではなく「う~ん」になってしまいますね。残念。

「ナイチンゲールの沈黙」 海堂尊 宝島社文庫2008/10/18 22:40

クリスマス前に吐血して東城大学病院に運び込まれたアル中の歌手と小児科病棟で眼球摘出を控えた子供達のケア。そして殺人事件。不定愁訴外来の田口に次々と難題が降りかかる中、最大にして最凶の厄介事が霞ヶ関からやってくる。

「チーム・バチスタの栄光」に引き続き愚痴外来の田口と厚生省の役人白鳥が主人公です。心理劇的な側面が強かった前作とは違い、こっちはSFですね。好き嫌いがくっきり分かれそうです。私はそんなに印象悪くないんですが、前作を読んでなかったらダメだったかも、とは思います。

冴子と小夜の超能力もすごいですが、加納の電脳紙芝居が私にとっては最大のSFですね。技術的な裏づけはあるんでしょうが、コンピュータは万能の箱という扱い方はやめてくれ、とどうしても感じてしまいます。特に最終盤ですが。あと、前作からですが固有名詞に対する「通称」とか「人呼んで」とかが多すぎてちょっと鼻につきますね。

全体に相変わらずとぼけた軽いノリの文体ですが、ところどころにウィットを感じます。そうした文章で現在の医療現場の実態や問題を描くことで、ただただ暗くなりがちな話題をニュートラルに現実の問題として認識出来るのは私は良いことだと思います。

なんというか、次作へのつなぎみたいな話なのかしらん、と邪推してますが、ま、次も買ってしまうんでしょう。きっと。