「告白」 湊かなえ 双葉文庫2011/06/20 22:55

一年生の終業式の日、B組の担任森口はホームルームで長い別れの挨拶をした。教師を辞めるという告白から始まったそれは、とりとめのない話のようで周到に仕組まれた復讐ののろしだった。

09年度の本屋大賞第一位の作品です。映画化もされましたね。未見なのでストーリーがどれくらい一致しているのか知りませんが、この結末で映画化したのだとしたらすごい、と思います。

最初の章は森口の告白だけで完結しています。基本的に森口のセリフだけです。ただ、時々生徒に名前で呼びかけたりします。これはまさに読み手がこのクラスの一員になったような感覚に落とし込みます。この冒頭部分の読み応えはすごいですね。ここだけでも読む価値はあるんじゃないでしょうか。

以降、終章まで森口は出てきません。関係者の一人称で各章が構成されています。この辺は互いの視線が微妙にねじれからまっていて、登場人物が立体的に浮かび上がってくるところですね。ウェルテルの章がないのがミソでしょうか。

終章で再び森口が登場します。講話調の語り口も丁寧な語尾も冒頭と同じですが、明らかに何かが変わっています。どう変わっているのか、たぶん映画とは違う結末なんじゃないでしょうか。これは読んでみてのお楽しみですね。

「グラーグ57」 トム・ロブ・スミス 田口俊樹訳 新潮文庫2010/06/26 23:08

レオが3年前に孤児院から引き取ったゾーヤは未だ国家保安省の捜査官であったレオに強い憎しみを抱いていた。そんな折、フルシチョフの秘密演説の原稿が発表され、かつての国家保安省の関係者が次々と殺される事件が発生した。やがて犯人の手はライーサやゾーヤに向かい、家族を救うためレオは酷寒の強制収容所「グラーグ57」を目指す。

前作「チャイルド44」の続編です。原題はどうも「THE SECRET SPEECH」、秘密演説、秘密報告を指すようです。スターリン亡きあとの旧ソ連の指導者フルシチョフが行った反スターリン主義的報告のことを指していると思いますが、かなり大胆に邦題をつけたような気がします。もう一作続編があるようですが、そっちもこんなタイトルにするんでしょうね。

テーマは人は人を憎しみ続けることはできるのか、といったところでしょうか。捜査官時代のレオの所業に憎しみを持つゾーヤとフラエラがこの物語の軸になります。そんな憎しみに対してレオは愚直に解決に臨みます。そんなレオを見て、妻のライーサすら「レオというのはなんとナイーヴな人なのだろう。」と言わしめるほどの愚直さですが、自らの唯一の寄る辺である家族を守るという強い意志を感じます。

この作品は東は日本海、西はハンガリーとかなりスケールの大きい話になっています。ちょっと風呂敷を広げすぎの感はありますが、押しつぶされそうな旧ソ連の全体主義社会をベースに、中央の方針が徹底しない辺境の強制収容所と動乱を起こした同盟国の緊迫した雰囲気のおかげでページを繰る手をなかなか止めてくれません。

前作に引き続き、この作品もかなり楽しめました。さらに続編が出るようならたぶん買っちゃうだろうなぁ。

「検察捜査」 中嶋博行 講談社文庫2009/01/10 18:02

横浜で大物弁護士が殺された。しかも極めて残忍な方法で。横浜地検の検事岩崎紀美子は事件を担当するが、弁護士会内部の確執を目の当たりにし、やがて法曹界の闇に直面する。真の黒幕は誰か、そしてその目的な何か。

第40回(1994年)の乱歩賞受賞作です。なんというか、すごくよくまとまっている、という印象です。結構中身ががたがたな作品がある中、無理のない構成、展開でした。読んでて引っかかるポイントはほとんどなかったです。さすが、現役弁護士。

岩崎のなんとなく危うい感じの捜査過程がおもしろいです。終盤にはサスペンスらしいハラハラの展開もあり、エンタテインメントとしてもきっちり決まってます。岩崎と検察事務官の伊藤のあっさり系ツンデレ描写も物語全体とのバランスがとれててよかったです。

私の中では比較的高評価なんですが、ただもうちょっととがったとこが欲しいなぁというのはないものねだりでしょうか。のどごしが良すぎて心が揺れない感じです。そういう意味ではこの作者の他の作品要チェックですね。

「孤高の人」 新田次郎 新潮文庫2008/04/29 21:42

神港造船所の研修生加藤は友人から手ほどきされた地図遊びからはじまった山歩きを経て本格的な登山に至る。しかし、その人付き合いの苦手さ、歩くスピードの速さから常に独りで行動した。やがて正式に技手として内燃機関の設計をしながら、単独行の加藤としてその名を知られ始める。

戦前の登山家、加藤文太郎をモデルとした小説です。昭和初期、という閉塞感に満ちた時代に社会人登山という領域を開拓したパイオニアです。

「栄光の岩壁」に描かれた竹井のように加藤も非常に不器用な山男として描かれています。竹井は山男としては普通に人付き合いが出来たのに対して、加藤は山でも下界でも人付き合いの苦手な男として描かれています。ナイーブ、というのを絵に描いたような性格だな、と思いました。一般に言われる内気、というだけでなく、独りよがり、未成熟、というネガティブな意味も含んでいます。

30で夭折した登山家に未成熟、というのも酷な話ですが、結婚、妻の出産を経てようやくその特異な性格が変わり始めた時期に遭難死した、というのは残念な気がしました。かといって、そこを無事生き延びたとしてもその後には戦争が待っていたわけで、順調に山に登り続けるというわけにはいかなかっただろうなとは思います。

戦後の登山家を描いた「栄光の岩壁」の序盤で主人公の竹井は以下のような山小屋の落書きを目にします。
  銃弾に死するも、吹雪に死するも同じこと。
作者は竹井に「こういうセリフはもうはやらないな」と言わせていますが、本作を読んでこの落書きが加藤への鎮魂歌であるように感じられてなりませんでした。