「ダレカガナカニイル…」 井上夢人 講談社文庫 ― 2006/07/10 22:23
警備会社に勤める西岡は、新興宗教団体の警備中に教祖の焼身自殺を目撃する。それ以来、自分が焼死する不思議な夢と、誰のものとも知れない女の「声」の幻聴に悩まされる。幻聴とするにはあまりに意思のはっきりした「声」、そして「声」に乞われるまま向かった自殺現場で再会した教祖の娘、葉山晶子。西岡をはさんだ奇妙な三角関係の行き着く先はどこか。
ちょっと前に「99%の誘拐」を読んだので、今度はピンになった井上夢人の作品をかじってみることにしました。主人公の視点で時系列に一直線に話が進行する点が似た感じですね。また、会話文がほとんどで、ト書きを読んでいるようです。わかりやすくて、ダーッと読める本ですね。
ただ、裏を返すと、この枚数の割には登場人物が少なく、しかも描写もあまりないため、話に奥行きが感じられません。全体に平べったく感じました。話の発想や会話文主体でユーモア交じりの文体からみると、赤川次郎のミステリを連想しますね。もっとも、赤川作品はもう、15年以上は読んでませんが。良くも悪くもイージーリーディングな感じです。
あと、星新一なら、この作品と同じテーマを、この 1/20 の枚数で、もっとパンチの効いた話にしたんじゃないかと思います。単なる私の思い込みですが。
「白く長い廊下」 川田弥一郎 講談社文庫 ― 2006/07/16 22:59
手術後の患者が病室への移送途中に呼吸停止し、やがて死ぬ。高宗総合病院の外科医窪島は、自らの麻酔処置ミスの疑いを晴らすため真相を調べ始める。唐突に調査を手伝い始めた山岸ちづるに魅かれつつ、窪島がたどり着いた真相とその結末とは?
懲りもせず、医療ミステリですね。大学医学部の医局制度の問題がテーマです。作者は外科医ということもあって、臨場感はあります。しかし、必要以上に難しい専門用語や薬品名は出てきません。一方で、医師とそれ以外のスタッフ間の確執、医局間の対立構造など現場を知らなければ書けないような視点が多々見受けられます。
話自体もまずまずだと思いました。犯人との息詰まる駆け引きとか、スリル、アクションみたいなものはほとんどないんですが、窪島とちづるの不思議な関係の中で調査が進んでいく過程は意外に楽しめました。それは、窪島の成長というか達観の過程でもあるのですが。
ちょっと気に入らないのは結末がすこし中途半端な気がしました。なんというか、寸止めな感じがもどかしい感じです。これ、後日談として別作品があるようなので、そちらで解決しているのかもしれません。入手して確かめた方がよさそうです。
いずれにせよ、この作品はまずまず楽しめました。これは第38回乱歩賞受賞作なんですが、うーん。乱歩賞 Walking でもしてみるかなぁ。
「八月のマルクス」 新野剛志 講談社文庫 ― 2006/07/29 00:13
身に覚えのないスキャンダルがきっかけで世を捨てた笠原は、5年ぶりにお笑いコンビの片割れ立川の訪問を受ける。戸惑いながらも不思議な心地よさを感じた3日後、かつて笠原のスキャンダルを暴いた記者殺害の嫌疑を受ける。一方、笠原のアリバイを唯一人証明できる立川は失踪し、その謎を追ううちにプロダクションの黒い疑惑が浮かび上がる。
乱歩賞 Walking でもするか、と思いついたのが7/16。で、7/18 に、この本をアマゾンで発注したんですが、前後して極楽とんぼの山本の事件が発覚、本のあらすじをみて、あらら、とか思っちゃいました。もっとも、本書の笠原の方は濡れ衣だったわけですが。自意識過剰気味かもしれませんが、ちょっと不思議な因縁を感じます。第45回(1999年)乱歩賞受賞作です。
基本はハードボイルドなんですが、主人公が元お笑い芸人、というのが私にはどうにもしっくりきませんでした。この手の小説では、なんというかちょっとひねったセリフのやり取りが多いイメージがあるんですが、この作品もご多分に漏れません。ですが、元お笑い芸人がいう気の利いたセリフ、というよりは普通にハードボイルド小説のセリフのようにしか感じられなかったのが私の敗因かもしれません。
話自体は芸能界の陰の部分に光を当てつつ、謎解きが進んでいきます。ちょっと私とはかけ離れた世界の話ではありますが、なんとなく納得は出来ました。話としては値段分くらいの面白さはあったように思います。
しかし、タイトルの「マルクス」、最後の種明かしまで気付きませんでした。井上夢人の「ダレカガナカニイル…」を読んだばかりだったのに。かなり悔しいです。ここでも敗北してしまいました。残念。
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